#10 黒川航輝『初志貫徹』


まずは2023年シーズンたくさんの方に支えていただきました。

OBOG・保護者の皆様を筆頭に大経ラクロス部に携わってくださった全ての方にこの場を借りて御礼申し上げます。

ありがとうございました。

 

以前と同様、ゆうやからバトンを引き継ぎました。

23年度主将を務めました、黒川航輝です。

 

前回のブログを読んでいただき、たくさん感想をいただきました。

ありがとうございます。

まだの方は是非前回のブログを読んでからこちらを読んでくださると幸いです。

 

以前のブログでは一部昇格への思いについて書かせていただきました。

今回は4年間の思い出を振り返りながら僕の思いを綴ろうと思います。

長くなることが予想されますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

 

さて、以前同様ゆうやのことからブログを書き始めようと思います。

ゆうやとは普段、ラクロスの話を全然しません。

はまってるYouTubeだったり上手い飯を見つけては無言でLINEを送りつけあってます。

でもまだ全然行けてません。

なぜなら2人ともバイト戦士のくせにお金がないからです。

社会人になってからたくさん行こうと思います。

 

そんな話はさておき、僕の中でゆうやは最強のゴーリーです。

どんなにピンチでも必ず止めてくれるし、DFに入ったら出して欲しいところにパスも出してくれるし、普段のゆうやでは想像できないくらいに頼り甲斐がありました。

 

ゆうやのおかげで去年の入れ替え戦も勝てたし、ゆうやのビックセーブがなければ負けてた試合なんて数え切れないくらいあります。

本当にありがとう。

そんなゆうやですが、結局最後まで全然アフターせんし、壁当てもしてなかったけどゆうやはゆうやらしく最後まで自分を貫いてました。

本番での強さ、本当に羨ましかった。

なんであんな練習せんのに止めれるねん。

むかつく時も沢山あったし、裏で練習してるんかなって思う時もあった。

実際どうだったかはいつか聞いてみたいと思います。

 

ここから本題に入る前にブログが長いので目次をつけておきました。

区切り区切りでもいいので最後まで読んでいただけますと幸いです。

 

[本文目次]

序章

第一章    入部から1回生
第二章    2回生
第三章    3回生
第四章    4回生
第五章    感謝

 


序章
一部昇格を達成して早1ヶ月以上が過ぎました。

数週間は昇格した余韻に浸ってたけど、最近感じることは日々の物足りなさ。

目標を達成したから物足りないのか、それとも充実した日々を送っていたから物足りなさを感じているのか、それとも両者なのか。

どれほど濃い日々を送っていたのか、引退してから思い知らされています。

こんなことを周りに相談したら、今はそんなこと気にせず大学生のうちにできることを堪能したらいいよと言われたので、社会人になるまでは自分の好きなことをして毎日過ごそうと思います。

 

 

第一章 入部から1回生

ラクロス部に入ろうと思ったのは高校3年生の受験期間中。

大学に入ったら何をしようかなと思いクラブサークル紹介を見ているときにラクロスに出会いました。

大学から始めるスポーツ、日本代表を目指せる。

そんなことが書いてありました。

高校までは野球をしていた僕にとって、日本代表というものは無縁で叶えられるはずもない目標。

しかし皆初心者から始めるなら俺にも可能性があるのではないかと大きな夢を膨らませて勉強のモチベーションにしていました。

大学が決まってからは改めて部活をするのか、大学に入ってまでしんどいことをする必要があるのかも考えたなか

母に絶対部活はした方がいいと言われ、やるしかないと決意をしました。

 

華やかな大学生活が始まろうとしている時にコロナウイルスが流行った。

入学式もない、授業もオンデマンド、僕が想像していた大学生活とはかけ離れていた。

しかし、そんなことを言っていても何も変わらない。

自らTwitterを漁りラクロス部の新歓アカウントに辿り着いた。

速攻でDMを送った。

そこで出会ったのがせにょさん。

中学校がまさかの同じで話が盛り上がって大学で履修を組んでくれるって話になった。

今でも覚えているあの日。

緊張して大学に行ったら3人の人がいた。

せにょさん、さとしさん、れいかさん。

めちゃくちゃ気さくに話してくれた。

あの時の俺にはとにかくキラキラして見えた

ノリと勢いもあったが、その場で入部を決めた。


長くなったけど、ここから俺のラクロス人生が始まった。

やるからには全力。

せにょさんの家はまさかの徒歩1分の距離。

クロスを貸していただき、やり方もわからないまま壁当てをしていた。

ラクロス部での活動はコロナの影響でないけど、いざ部活ができるってなった時に最初から上手かったらおもろいよなって思ってがむしゃらに練習した。

ラクロスノートに残っているけど、4月下旬に1か月間毎日素振り左右300回することを決意して、毎日素振りをしていた時期もあった。

この地味な1ヶ月間が俺の4年間に繋がっている。

3日坊主の俺が毎日素振りをした。

毎日死ぬほど筋肉痛。

最初の頃は調子が良かった。

でも途中くらいになった頃に部活も行ったことないのにこんな事が本当に正解なのか、自問自答する時もあった。

でもなんでかは覚えていないけどやり通せた。

本当にあの頃の俺に尊敬する。

こんな1ヶ月間を過ごした後、やっと初めての練習があった。

めちゃくちゃ褒められた。

嬉しかった。

でも自分では納得いってなかった。

壁当てもめちゃくちゃしたのに全然うまくできなかった。

初練習のくせに悔しかった。

これはラクロスノートにも書いてある。

かなりキモイ。

今までいただろうか、初練習で楽しいよりも悔しい気持ちが勝つやつ。

でもそんな感情があったから上手くなれた。

1年生はもちろん俺だけ。

先輩になんでも聞き放題。

色んなことを質問した。

 

そこで初めて憧れの存在に出会った。

20年度主将の のぶさん。

プレー全てがかっこいい。

こんな選手になりたいって強く思った。

そこから練習始めのパスキャものぶさんにやってもらうようにお願いした。

事あるごとにのぶさんにラインをしてどうすればいいか聞いた。

それが上手くなる為の1番の近道だと思った。

 

そんな毎日を過ごしている中で初めての同期のしんえいが入部してきた。

そこからはしんえいと2人でバチバチになって切磋琢磨しながら練習をした。

そのせいでしんえいとはきまずい感じだったけど、あの頃があったからこそ最終的にはしんえいはDFリーダーとして、俺は主将としてチームを引っ張っていく存在になれたんだと思う。

それから徐々に同期も増えていって2回生になった。

 

 

 

第二章 2回生

2回生は自分の中で最も成長することが出来た1年だと思う。

主将ケビンさんの元、ただがむしゃらに練習した。

そんな時に思いもよらぬお誘いを頂いた。

それはU20日本代表選考会だった。

入部当初から目指していた日本代表。

自分なら絶対になれると自信満々で挑戦した。

結果は関東との選考で落ちてしまった。

1つ学年が上の先輩もいる中だったが、圧倒的な関東との差、自分の実力不足を思い知らされた。

上手い人なんていくらでもいる、また1から頑張ろう。

そう思えたとてもいい機会だったと思う。

それからはリーグ戦に向けて代表選考で学んだことを活かしながらたくさん練習した。

結果、リーグ戦ベスト10。

めちゃくちゃうれしかったと共に俺なんかでいいのか、僕よりもうまい先輩がいるのに俺なんかでいいのか、そういう風にも思った。

でもベスト10という結果が2年間の努力の証明となり自信にもつながった。

 

 

 

第三章 3回生

以前のブログでも3回生の頃の話はしましたがまた改めて少しだけ。

3回生になる前、俺は心の中で主将になりたいと思っていた。

一つ上の先輩は3人しかいないし自分がチームの先頭に立ってチームを引っ張っていきたいと思っていた。

しかし、先輩たちの話し合いの結果、俺は副主将になった。

最初の頃は納得いってなかったけど、終わってみて考えたら、副主将でよかったと思う。

あの頃の俺はまだまだ未熟者だったし、自分のプレーとチームの事を考えることはできなかったと思うし、パンクしていたと思う。

でも副主将になったのはとてもよかったしチームのことを今まで以上に考えるようになったきっかけになった。

何度も4回生に意見をぶつけてチームが良くなるように、そしてチーム目標を達成できるように副主将として活動した。

目標を達成することはできなかったけれど、チームの先頭に立って行動することの難しさを学ぶことが出来た。

個人としてはリーグ戦の結果はまずまず。

他大学にもかなりマークされるようになり、自分の満足いくプレーはできなかった。

2回生の時にもらったベスト10も3回生のでは受賞することができなかった。

かなり悔しかった。

3年連続ベスト10を目標にし、1年間練習してきたけど現実はそう甘くなかった。

どこかで甘えていた部分があったんじゃないか。

もっとやれたんじゃないか。

もう一度自分と向き合い、4回生ではこんな後悔をしないように。

そう決意しました。

 

 

 

第四章 4回生

4回生になり主将として、1部を目指す組織の先頭であることを自覚して今まで以上に責任を持って行動した。

主将として最も意識していたことは人に言う前に自分はできているのか。

「挨拶・返事をしっかりしよう」「壁に行け」など、まず人に指摘する前に自分はその行動がとれているのか。

口だけ達者な人になっても誰もついてこない。

そう思っていたから普段の生活から自分の行動を改めて見直した。

試合終わりには必ず審判員の方に挨拶に行ったり、クラブハウスの清掃のおばちゃんにも必ず挨拶をするようにしたり。

1つの行動が全て1部昇格につながっているんじゃないか、1つ見逃しただけで1部昇格を逃すのではないか。

こんな風に物事を考え出すと些細なことでも気にするようになる。

例えばクラブハウスのトイレのスリッパ。

みんなきれいに並べていますか。

僕はトイレから出る時は必ずすべて並べてから出ると決めていました。

いつも並べている人からすれば普通のことかもしれません。

その他にも目の前にゴミが落ちていたら拾っていますか。

1度気にしだすと次見つけた時、これを拾わなかったからこんな小さなことが大きなミスに繋がるんじゃないかとか考えてしまいます。

こうやって部活動に関係ない小さなことも気にして行動していました。

直接的に一部昇格に繋がったとは思いませんが、入れ替え戦の日、たまたまかもしれないけどグランドボールは大胆僕の方に転がってきました。

こんな風に小さなことの積み重ねが何か大きなことに繋がっていると僕は思っています。

みんなにも本当に些細なことでもいいから、なにか一つでも毎日積み重ねることを見つけてほしいなと思います。

 

正直この1年間は楽しかったけど、苦しい1年間でもありました。

誰よりも自主練をしないといけない、就活もあるし、アルバイトでも時間帯責任者を任してもらったりとやることがてんこ盛りでした。

それでも自分の座右の銘である「初志貫徹」をモットーに全て全力で取り組みました。

結果、時に失敗はあれど、だいたい自分が思い描いていた通りになりました。

去年獲得できなかったベスト10も、まさかの得点王も受賞することが出来てこの1年間本当に頑張ってよかったなと思いました。


まだまだ書きたいことはたくさんあるけれど、自分の思いを文章にするのが苦手なのでこのくらいにしておこうかなと思います。

気になる人がいれば直接僕に聞いてください。言葉で伝えるのは得意なのでいっぱい話したいと思います。

 

 

さて、長々と4年間のラクロスの思い出を綴らせていただきました。

振り返ってみれば全部いい思い出です。

 

でも、4年間で一つだけ悔いが残っているとするならば、1部の舞台で戦うことが出来なかったこと。

トップリーグにも出たかったし、強豪と肩を並べてみたかった。

自分が1部の舞台でどれだけ通用するのか挑戦したかった。

しかし、1部昇格をしてもこれは叶わぬ夢となってしまいました。

どれだけ頑張って目標を達成したとしても悔いって必ず残るんじゃないかなとか思ったりもします。

でもこの後悔は自分の努力次第で少なくすることが出来ます。

後輩たちにはたくさんの後悔をしてほしくありません。

そのためにも何事にも果敢に挑戦してほしいと思います。

失敗したとしてもその失敗が次の成功の糧になると信じて。

1部で戦う夢は後輩たちに託します。

来年のリーグ戦で大経は1部でも戦えるんだぞってことを証明してくれると信じています。

 

 

第4章 感謝

最後に今まで僕のラクロス生活に携わってくださった方にこの場を借りて感謝を伝えようと思います。

 

まずは両親へ

小学校3年生から大学4年生までの14年間、僕のことを支えてくれてありがとう。

2人の存在なしではここまでスポーツを続けることはできなかっただろうし、本当に感謝しかありません。

お父さんは体調がよくないときもあったから毎回グラウンドに来るのは難しくても

試合を見るためだけにやったことのないインスタグラムをいれていつもライブ配信をみて応援してくれたし

最後の2試合はグラウンドまで見に来てくれてとてもうれしそうにしている姿が見れて僕も幸せでした。

僕とは違って多くは語らないですが、時々かけてくれる言葉がいつもうれしかった。

本当にありがとう。


お母さんは小学校の頃から試合があれば毎回必ずグラウンドまで応援に来てくれました。

上手くいってる時もいってないときも僕のことを信じ、常に前向きな言葉で励ましてくれました。

お母さんから受け継いだ圧倒的な正義感のおかげでここまでやり遂げることが出来ました。

本当にありがとう。


引退試合で2人の前で最高の姿を見せることが出来て本当に良かった。

僕のことを常に支え、成長させ続けてくれて本当にありがとう。

これから社会人になって2人を超えるような立派な大人になって恩返ししていきます。

14年間ありがとう。

 


姉へ

仕事で忙しい中、こっちに戻ってきてるときはグラウンドまで駆けつけてくれて、東京にいる時もライブ配信まで見て応援してくれてありがとう。

初めて現地でラクロスを見た日に家に帰ったら、ラクロスについて異常なくらい調べているのを見たときは本当にさすがだなって思った。

いくつになっても挑戦し続ける姿勢、最近では大きくなりすぎている背中。

僕の人生におけるライバルであり、本当にあこがれの存在です。

僕も肩を並べられるようにこれからも挑戦を忘れず頑張っていこうと思います。

身体にだけは気を付けて仕事頑張って!

 

 

コーチの方々

じゅんじさん

4年間お世話になりました。

入部した時から最後までとても自由にラクロスをさせていただきました。

仕事やプライベートで忙しいなか、合間を縫って練習に来ていただいたり、時には時間を削ってでも練習や試合に来てくださりました。

雰囲気が緩んでいるときにはじゅんじさんの言葉で何度もチームの雰囲気を立て直してくださりました。

4年間の最後の舞台でチームを1部昇格させて、じゅんじさんを胴上げすることが出来て本当に良かったです。

来年からはさらに難しい挑戦になるとは思いますが、僕もチームに貢献して恩返ししていきたいと思います。

4年間ありがとうございました。

 


原さん

このブログを見ているかはわかりませんが、大変お世話になりました。

1年生の頃には社会人の練習にたくさん誘っていただき、様々な経験をさせていただきました。

練習では誰よりも積極的に練習に取り組む姿、集散ダッシュの習慣など原さんから学び今のチームに根付いたものはたくさんあります。

原さんが中国に行っていなければ1部に連れていけたのかと思うと少し残念です。

日本に帰ってきた際にはお礼をさせてください。

ありがとうございました。

 


そうさん

1年という短い期間でしたがお世話になりました。

1年生のことはもちろんながら、上回生の試合もすべて動画を見てチームのことを考え、気にかけていただきありがとうございました。

来年以降も大経に残っていただけるとのことなのでこれからもよろしくお願いします。

ありがとうございました。

 


こうだいさん

4年間お世話になりました。

1年生の頃はとにかく怖くて、1on1で順番がかぶらないようにしていたのがとても懐かしいです。

2回生の頃、グラウンドでめちゃくちゃ言い合いになった日がありました。

あのときはすみませんでした。

でも、全力で思っていることを言ってくださったおかげで改めて考えるきっかけになりました。

ありがとうございます。

とにかくラクロスに熱心なこうだいさんですが、試合では冷静に物事を伝えてくれてとても信頼していました。

ともに一部昇格することが出来てよかったです。

これからも大経をよろしくお願いします。

 

先輩方

たくさんの先輩方にお世話になりました。

とても生意気な僕だったと思いますが、決して見捨てずに最後までご指導、応援していただき本当にありがとうございました。

先輩方が積み上げ、受け継いでくださったものを一部昇格という形で恩返しすることが出来て本当に良かったです。

先輩方の存在なしではここまでのチームを作り上げることはできなかったです。

本当にありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

ご飯のお誘い待ってます!

 

 

のぶさん

引退試合の日にのぶさんから背番号を頂けて本当に良かったです。

入部した時からあこがれの存在で、最後までのぶさんみたいな選手になれるように努力してきました。

社会人になっても第一線で活躍し続ける姿は本当にかっこよかったです。

のぶさんを超える選手になれたか自信はありませんが

のぶさん達がコロナで達成することが出来なかった一部昇格を果たせて本当に良かったです。

これからも僕のあこがれの存在でいてください。

ありがとうございました。

 

 

けびんさん

僕のラクロスの師匠であり、一番お世話になった先輩。

1年生の頃からとても良くしていただき、ご飯にもたくさん連れていっていただきプライベートではライブにもたくさん連れて行ってくださりました。

ラクロスについては言わずもがなたくさんのことを教えていただき、相談事も親身になって話を聞いてくださり僕を人として成長させてくれました。

ここまで成長することが出来たのはケビンさんのおかげで、感謝してもしきれません。

これからも僕の師匠として未熟な僕にたくさんのことを教えてください。

また一緒にカネコアヤノのライブに行きましょう!

ありがとうございました。

 

 

がくやさん

こうやって真面目に感謝を伝えるのは初めてかもしれません。

いつもふざけた人で真面目なときはほとんどありません。

でもがくやさんの人柄の良さが人を惹きつけ、たくさんの人に慕われていたのをとても感じていました。

引退してからも練習に顔を出してくれて試合は毎回と言っていいほど見に来てくれました。

先輩後輩の仲の良さはがくやさんの代のおかげです。

たくさん生意気いって本当にお世話になりました。

これからよろしくお願いします。

とりあえず飲み連れて行ってください!

もちろん奢りで!

 

同期へ

4年間本当にありがとう。

同期には一番厳しく、そして一番強く当たったと思います。

けれど文句ひとつ言わずに俺についてきてくれた。

本当に感謝しかありません。

スタッフさんもいない男だけの学年だったけれど、それはそれでよかったのかなと思います。

基本的に一緒にいれば誰かがいじられてうるさい俺らだけど、みんな人思いでいいやつでした。

同期がこの9人でよかったし、みんなと過ごした日々が宝物になりました。

これからも末永く仲良くしよう。

本当にありがとう!

 

 

 

3回生へ

嫌な先輩だったと思うけど最後までついてきてくれてありがとう。

1年生の頃から叱り続けた学年で本当に大丈夫かなって思っていたけれど、学年を重ねるとともに責任感が増えとても成長したと思います。

最後の引退試合でも、みんなの頼もしい姿を見て感動しました。

もう気が付けば最終学年。

みんなを叱ってくれる先輩はもう誰もいません。

自分たちで指摘し合って成長していくしかありません。

どの学年よりも仲がいいと思うけれど、そこが裏目に出ていることがあると思います。

思っていることは正直に伝えよう。

どんどんぶつかっていいと思うし、ぶつかってみないとわからないことがたくさんあります。

そうしてもっともっと強い大経を創っていってください。

1部で戦っている姿を見れるのが本当に楽しみです。

期待してます。

 

2回生へ

今までありがとう。

育成リーダーとして関わった学年で厳しいこともたくさん言ったけど、みんな真面目でラクロスに対して真剣に取り組み、今でもめきめき成長していてこれからの成長がとても楽しみです。

今はうまくいってないプレイヤーもまだまだ時間はあると思うし、焦らずに自分のペースで頑張ってほしい。

頑張れば必ず結果はついてきます。

そう信じて努力を忘れず頑張ってください。

応援してます。

 

 

1回生へ

大経ラクロス部に入部してくれて本当にありがとう。

今までにない粒ぞろいでみんなうまいし、めっちゃ練習するしで本当に感心しています。

1年生大会では結果が出なかったけど、ラクロス人生まだまだ始まったばかりです。

次はリーグ戦で活躍することを目指して頑張ってください。

未来の大経は君たちにかかってます、更なる成長を期待しています。

 

 

スタッフさんへ

今まで本当にありがとう。

4回生にスタッフがいないことから本当に大変だったと思います。

そんな中でたくさん厳しいことを言いました。 それはまだまだできると期待していたからたくさん注文しました。

それに応える、いやそれ以上のものを常にもってきてくれました。

本当にありがとう。

スタッフさんのおかげで一部昇格を果たすことが出来ました。

大経のスタッフさんはみんな遠慮しがちだけど、自信を持ってもっと前に出ていいと思います。

そうすることで更にチームは進化すると思います。

これからもチームを支えていってください。

 

 

この他にもここには書ききれないほど、たくさんの方に支えられ僕はラクロスを続けることが出来ました。

本当にありがとうございました。

いつか大経の名が全国に知れ渡ることを願っています。

大経ラクロス部で4年間を過ごすことが出来て本当によかった。

ありがとう。

 


これにて4回生の引退ブログは終了となります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

来年度からは1部リーグという新しいスタートラインに立ちます。

これまで以上のご支援、ご声援のほどよろしくお願いします。

 

大阪経済大学男子ラクロス部23年度主将 黒川航輝

 

#16 西川裕也『百折不撓』

 

平素より多大なるご支援、ご声援をいただいておりますOBG、保護者、大経ラクロス部に関わってくださっている皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。

 

4回生 G   西川裕也と申します。


今回引退ブログということなんですが、この前書いた『一部昇格にかける思い』と書いてることが被っていたら申し訳ないです。


まず、私がラクロス部に入るきっかけは、元々アイスホッケーやりたくて部活探してたけど、大経にアイスホッケー部がなくて、アイスホッケーに似てるし、大学から始める人が多いってことでラクロス部の見学に9月頃に行かせていただきました。

 

最初に行った時は、片平くんが色々部室まで案内してくれて、部室で「あー、今キツイ練習やからもうちょい部室おろか」って言ってました。

 

入部を決めたのがその日、たしかうみさんに入る!?って突然聞かれて、入ります!って言って入部したような思い出があります笑


その後自分も奢ってもらうくせに、心英が片平くん奢ってくれるし、ゆうやも海鮮丼行こうぜって誘ってきました。

 

ポジション決める段階で高校でもハンドボールでGKやってたこともあって、Gとして練習するようになって、拓実さんとレベルが違いすぎて試合出たくないなぁとかめちゃくちゃ思ってました。

 

それでも初めて公式戦の龍谷戦で1Qから出場して、今でもたまに動画を見返すと、拓実さんに1番デカい声で励ましてもらったり、Q間でも声かけてもらって、拓実さんにはめちゃくちゃ良くしていただきました。


拓実さんが引退されて2年間、同じ4回生になってもまだまだ超えられない存在で目指す目標として少しでも追いつけるようにやってきました。


拓実さんと一緒に練習できたのは1年間とちょっとしかなかったですが、あの1年がGとして自分が一番成長できた1年でした!

 

ありがとうございました!!

 

自分が大学卒業する前に、G集めてG会しましょう🔥🔥

 

 

 この最後の一年はあっという間に1月から引退まで駆け抜けてきたという印象でした。

 

まだ1月か2月か3月かと思っているうちにあと3ヶ月らしいぞ、2ヶ月、1ヶ月、1週間となりました。


最後の試合が入れ替え戦で、相手は立命館大学

 

相手は1部で関西オープンで一度勝利している相手ではありましたが、自分は公務員試験で試合に出てなかったこともあって一部との試合は未経験でイメージも全然できてないような状況でした。


 入れ替え戦当日は、やはり1部との入れ替え戦ということで、先輩方や友達、親族も観戦してくれているという状況に緊張している自分に気付くこともできてなかった。

 

いつもなら試合前に去年からルーティーン的に行っているグラウンドの周りをランニングしたりダッシュすることができずに試合にそのまま臨みました。

 

結果的に1Qはよくわからん決められるはずないショットを2点も決められ、「あー、これやべぇな」とか思って、2Q始まる前にいつも通り身体動かして、その後はなんとかいつも通りセーブできるようになって、オフェンスの得点のおかげで余裕ができ、勝利することができました。


 今年はオフェンスの得点力が高くて、緊張しながらGをする試合が1.2試合しかなく、自分の中でGのやりがいのようなものがなくなっていくのを感じていて、この1年が1番練習してないなって気付いて

 

でも毎回エキシビションでも観に来てくれる先輩方に去年よりも成長した姿を見せたいという一心で毎日の練習を頑張り続けることができました。

 


入部当初からずっとお世話していただいた先輩方にも感謝をめちゃくちゃしてます。


中でも1個上の先輩方にはものすごく良くしていただきました。

 

ウェルカムマッチの時には7人全員で観に来てくださいました。


うみさん、みなみさん、がくやくんとは、おくまん行ったり、宅飲みしたり、まつえ行ったり、豆まきしたり、プライベートで同期よりも会ってるだろ!ってくらい毎回食わせてもらって、たぶん太ったのはこの3人のせいでもあると思います。


こさのさんとあすかさんに関してはめちゃくちゃ関わり出したのが引退1ヶ月前とかでもう1年早く仲良くなっとけばなって思ってました笑


この2人とは一緒にラクロス部おった時より引退した後の方がよく飲みに行ってるような気がする笑


片平くんはBMI TOP3の1人で後半勢い落ちてちょっと痩せてきてましたけど、この片平くん、がくやくんおらんくなった後のBMI指数が西川の1強過ぎて退屈でした。


二郎仲間で大阪の二郎系全部回ろうと約束したっきり、いつもの場所しか行かずに広島に行ってしまった紫音くん。


今年の一部昇格は、去年の入れ替え戦から繋いでくれたもので、去年の経験があったからこそ今年のこの結果があったと、54人で関わってくれたみんなで掴んだ一部昇格でした。


もっと色々この7人には恩返しもしないといけないし、感謝も伝えないといけないと思ってるので、
この場を借りて感謝させていただきます。


回生会の時呼んでください!

 

飛んでいきます😊

 


次は同期について話させてもらいます。


同期が自分含めて9人いて、1人ずつ短めに話します。

 

ブログの順番でいきます。

 

こうたつとは練習中66とかエキマンとかの自分が出てないタイミングで最近のおすすめのアニメの話であったり、おすすめしたアニメの感想言い合ったり、たまにサシでカラオケ行ったりとシンプルに好みが合う存在でした。

 

かんたとは現役の時は冗談抜きで毎日会ってた。

部活ない日は授業で会って、白バラ飲んで帰る。

部活の時は終わった後に白バラ飲んで帰る。

白バラ友達と言ってもいいくらいにかんたと白バラはセットで、

白バラ1日に2本飲んだ時には「2本目の白バラは毒だな」とか言いながら、たぶん引退した後も続いていくんだろうなと思います。


たんげは4回になる前くらいは部活終わったら毎回あかぎかひの屋に行って、原付で貝塚市まで行ったり、ベロベロになるまで飲んだり、飲んだら声デカくなるから練習前に飲ませたくなるくらい普段が声小さいし、1月から同じときわ亭で働くので、丹下先輩に色々仕事押し付けたいと思います。

 

りゅうじには、生活面で一番お世話になったと思ってます。

唯一の一人暮らし仲間で、暇な時は一緒にパワプロやったり、終電逃して京都まで行ってしまった時はバイクで迎えに来てくれたり、ちょっと変人ではあるけど、入部当初に比べると本当に良くなった。

さとしさんに「りゅうじ壁やったか?」って聞かれて「懸垂しました。」って答えた時、周りがヒヤッとした。

 

希翼はもう同じディフェンスで、毎回身体張ってボールにぶつかってくれる運命を共にした存在です笑

希翼被弾集はディフェンスの中でトップクラスの量の動画があります。

希翼は試合中とかに今の決められたらあかんなぁってショット決められたりとか、試合で結構落ち込みがちな時に毎回声掛けてくれるので、自分のGする上で精神的に無くてはならないロングです。

 

心英は最初に体験に行った時に、当時 航輝とバチバチらしくて、かんたは土日しか来ないし、りゅうじは変人やし、やっとマトモなやつ入ってきたみたいなホッとした顔してたのを覚えてます。

でも入部してみたら案外心英が一番ヤバいやつで、一度言い出したら聞かへんし、ワガママ多いし、お互いに裏切りあって単位落とすし、一番暴言吐くし、でも飯系だけは何軒でも付いてきてくれる。

SDFとしてもちゃんと身体入れるし、一番安心感あって守ってて安心してた。

 

ひろととの思い出は…ないな。
オールスターお疲れ様。

 

航輝とは初対面で使ってるシャンプー当ててくるっていう相当な変なやつだなっていう印象だった。
おくまんでサシ飲みした時はこれでもかってくらい飲んだり、試合前日に温泉行ったり、同じバイト戦士としてクレカ使いとして毎月同じくらい窮地に立ったりと金欠仲間としてお互い笑い合いました笑
ラクロスでは主将として、しっかりチームを引っ張ってくれて、エースとしても試合ではしっかり点を取ってくれる。

いつだか、「こいつ全然俺のこと褒めないんですよ〜」って言われたことがあった。

俺は航輝のことはチームメイトだけど、ライバルやと思いたかった。っていう気持ちがあって褒めんのは悔しいから嫌やなって思ってた。

社会人ではどーなるかわからへんけど、もし東京ってなったらまた同じチームで追いつけるように努力していきたいなと思ってます。

 

 

ディフェンスの後輩には、本当にこの1年でめちゃくちゃ成長したなって守ってて思ってました。
やっぱり去年みんなが2回生やった頃はディフェンスに不安しかなくて毎試合毎試合ハラハラするような感じだったけど、今年のディフェンスは一人一人がしっかり自分の仕事できてて、逆にみんなが何言ってるかわからへん状態で、決められてもディフェンスのせいにできなくなりました。
しゅんすけはクリアの時はこいつに渡しとこって思えるし、しゅーやは試合で熱くなりすぎることも減ったし、のりはずっと今のいける?低いですよね?とかすげぇコミュニケーション取ってくるし、こうへいはあんま喋ったことないけど、だいちの飛び出し神だし、西岡は筋肉やし、あつやもそらもさとしもこれからどんどん上手くなっていくと思うので、
あと1年.2年もこの調子で頑張り続けてください。

 

 

山ちゃん、とし、ひなたはこの1年間自分で考えることをさせるために敢えて何も教えてこなかったので、その調子で先輩いなくなっても自分たちで考えてもっと上手くなれるように頑張ってください💪

 

 

4年間ありがとうございました!!
次は永遠のライバル黒川航輝です!

 

#13 黒川紘『感動と感謝』

 

平素より大阪経済大学男子ラクロス部への多大なるご支援、ご声援、誠にありがとうございます。

 

23シーズンOFリーダーを務めさせていただきました。

 

4回生の黒川紘と申します。

 

引退ブログということで、3年間を振り返ってみます。


長くなりますが、読んでいただけるとありがたいです。

 

僕がラクロスというスポーツを知ったのは 2年生の4月。


1年遅れて始めたが、チームには簡単に馴染むことができた。


黒川航輝というバケモンと、かんたというこんなチャラい奴もやるスポーツなんかぁというのが第一印象。


先輩もおもしろおかしく、自分もみるみる成長していく感覚に今までにない経験ができてハマってた。

 

一年目はそんな感じでした。


そして1番個人的にきつかったと感じた3回生。


去年のリーグ戦は今見ても見返せないくらい下手くそで、左使えない。

 

ショット打てない。

 

パス取れない。

 

めちゃくちゃ。

 

ただただ3回生という理由で点を取らないといけないというプレッシャーに毎試合襲われ、期待に応えられる程の活躍もできていたわけではない。

 

そんなシーズン途中に全治約5ヶ月右手首骨折。


3戦目の公立戦であの大敗をした試合にやってしまったと絶望。

 

ある意味一番忘れられない試合になった。

 

手術をする事になり、リーグ戦出場を諦めざるを得なくなった。

 

絶望しかなかった。

 

でも下の入れ替え戦サドンビクトリーでなんとか勝ってくれて、本当に涙が溢れた。

 

でも僕の心情は嬉しさ反面。悔しさ反面。

 

でも、当時2回生がほとんど中心のチームで緊張してる中、なんとか繋いだ残留。

 

その年、1回生のウィンターでは、1勝もさせてあげることができず、敗退。

 

そこで決心した。

 

23シーズン一部昇格を目指す望みを繋いでくれた先輩、同期、後輩への感謝と共に、一回生には絶対にこのチームで勝つことの感動を味わって欲しかった。

 

ラストイヤー。

 

OFリーダーとして、厳しい要求をする事もあったかもしれないが、コミュニケーションを取るよう積極的に指示したり、とにかく言い続けた1年。

 

結果を求めて、キレたり言いすぎたりした事もあった。

 

ごめんなさい。

 

 

少し個人的な話。

 

みるみる成長する後輩や黒川航輝という大エースが試合で周りに不満を持たない様、自分も肩並べて活躍するという一心で練習した。

 

練習しまくった。

 

就活などで大変だったけど、やればやる程上手くなれる以外に近道はない。

 

ラクロスを始めた時からそうケビンさんに言われ続けた。

 

素直に取り組んできた。


ありがたい事に、後輩たちがアフターで1on1挑んで来てくれたり、壁行くだけでプレッシャーかけてくるような奴もいた。

 

先輩後輩が、お互いにアドバイスし合ったりといい環境で練習できてた。

 

話を戻す。

 

夏頃には手応えを感じ始めて、OFだけなく、それ以外の部分で、戦えるチームだなと実感。

 

リーグ戦前まで良い雰囲気で臨むことができたと思う。


個人的に印象深いのは、初戦の大教戦と阪大戦。

 

初戦は、楽しみと緊張が混在してて終わってみれば大勝。


個人としても1点でも取れたことがホッとした。

 

でも隣で4点取るバケモンがいる。

 

あんなに大スカウティングされるのに、マーク張りっぱなしなのに、初戦に続いて2戦目でも4点取るバケモンがやっぱりおる。


黒川航輝はやっぱりバケモン。

 

正直心強すぎるという言葉以外に似合う言葉がなかった。

 

シーズン途中くらいには、「逆にシャットされた方がやること明確でやりやすい」とまで言ってる。

 


信頼は絶大だが、頼り過ぎは良くない。

 

そんな不安を少々持ちながら、OFリーダーとして悩む部分も多かった。

 

今思えば贅沢な悩みだと思う。

 

阪大戦は、負けはしたが今までで一番楽しかった試合だった。

 

張り詰めた空気の緊張感。

 

試合中リードすることができなかったけど、関東や1部の大学さえもコロっと倒してくる阪大相手に、一点差に迫る結果。

 

もちろん勝つつもりだった分悔しかったけど、同時に自信に繋がった。

 

リーグが終わって蓋を開けてみれば3位通過で、昇格戦の権利を得た。


負けから学ぶ事も多くあって、入れ替え戦へ拍車がかかった。

 

独特な雰囲気を感じつつ観戦した1部2部入替戦。

 

昇格する阪大、惜しくも残留する公立。

 

両方みて一気にチームに緊張感が走った。

 

公立と京大の試合を見た後は特に。

 

嫌な想像をしたりもした。

 

創部初とかそういう言葉もチラついて余計緊張する。

 

前日まで緊張しまくってたが、当日は何か通り越したかのようにワクワクしてた。

 

公立と京大の入替戦を見て、一つだけ分かったことがある。

 

入替戦に共通することは、下の大学が会場の雰囲気を支配し、一つ一つのプレーで流れを変えることができる。


案の定、試合は開始早々航輝の先制点で大盛り上がり。

 

でも半分終わって同点で折り返す。

 

タイムアウトの度、同点のつもりで行こうと声をかけたが、ほとんどそれしか言ってなかったかもしれない。

 

大経は詰めが甘いと分かっていたから。

 

後半、翼が勝ち越しを決め、W黒川でダメ押し。

 

笛が鳴り、7-3で一部昇格。


最高の瞬間だった。

 

昔から自分の中で何かすごいことを成し遂げた経験がなく、創部史上初の一部昇格が自分の中で一番の経験になり、少し誇らしげに感じられるようになった。

 

結果、個人として11得点。

 

ベスト10もいただくことができて、本当に最高のシーズンになりました。

 

 

ここからは感謝を書きます。

 

1回生、ウィンターお疲れ様。


途中にも書いたけど、練習すればする程上手くなれるのがラクロスの魅力です。

 

沢山考えて沢山行動してみて下さい。


メンバーは素質ある明るい子たちばかりなので先輩追い越すつもりで頑張って下さい。

 

2回生は、サマー、ウィンター共に育成担当として勝たせてあげられなかった自分の力不足さにとても悔しい思いをさせました。

 

今年はこの悔しさをバネに一緒にフィールドに立って戦い、勝たせてあげられて何か報いれたと思います。

 

ちょっぴり生意気なメンバー、真面目なメンバー分かれてるけどすごく2年間笑かされました。

 

特に翼は、上手いのはもちろん、先輩にも強く言える。

 

でも翼が点決めると盛り上がる。

 

入替戦勝ち越し弾痺れた。

 

ありがとう。

 

3回生は、いい意味でも悪い意味でも全員で仲が良く新チーム大変そうですが、一部で活躍してる姿楽しみにしてます。


OF陣は大変だったけど、ヒデの試合中の分析はじゅんじさんを頷かせる程で試合中ながら感心。

 

やる時はやる あき。

 

多分1番いろいろ言われたであろう ともき。

 

やっぱり点決まったら嬉しいたいよう。

 

もっと暴れられるはずなので期待してます。

 

DF陣はアフター1on1ずっと相手してくれてありがとう。

 

本当にこの1年の1番自信がついた理由がここに詰まってます。

 

特にしゅんすけ、池田、あつやの3人はよく声かけてくれてありがとう。

 

これ以上言うと池田が調子乗りそうなので控えときます。

 

飛び出し名人コンビのSDF大地と西岡、アドバイスしたことすぐ取り組んで、結果で返してくれるし、陰湿SDFこれからも期待してます。

 

 

スタッフのみんなも自分たちの同期にスタッフがいない分、とても迷惑をかけることが多く、振り回してごめんなさい。

 

そしてありがとう。


ラストイヤー最後までサポートしてあげてください。

 

コーチ、TRの皆さん。


3年間ありがとうございました。


試合中の的確な指示などが面白い様にハマり、最後に勝つことができて本当に嬉しかったです。


特に準司さんはOFコーチとしても頼りっぱなしかもしれませんでしたが、最後胴上げできてよかったです。

 

4回生は、意味わからんノリでめちゃくちゃでした。

 

裕也がきっかけを作り、かんたが面白おかしく捲し立て、航輝が盛り、心英がしつこくイジる。

 

そして裕也が忘れた頃に思い出す。

 

ほとんど毎日こんな感じやったけど、そこにナチュラルにサイコ隆司、寝坊直らん丹下、誘っても昼飯来ない希翼、毎朝お腹痛そうな康達。

 

試合で勝つ喜びを泣きながら分かち合い、練習外では動物園みたいにうるさく話題の絶えない毎日だったけどおかげで3年間最高の思い出になりました。

 

家族


見知らぬスポーツを始め、毎朝早朝に朝ごはんを作ってくれて、送り出してくれてありがとう。


あまりクラブであったこととか家で話すことは少なかった癖に、怪我して帰って来たり、入院したりと病院に何回通ったことか。

 

本当にありがとうじゃ収まらないくらい頭が上がりません。

 

大変なことの方が多かったかもしれないけど、それ以上に最高の仲間と最高の経験を得られました。


長くなりましたが読んでいただきありがとうございました。

#30 大垣心英『感謝』

 

平素より、大阪経済大学男子ラクロス部をご支援いただき誠にありがとうございます。


OBOG並びに保護者の皆様、日頃より男子ラクロス部の活動にご理解・ご支援をいただいてる皆様に、この場を借りてお礼申し上げます。


今年度DFリーダーを務めさせていただきました、大垣心英です。

 

引退ブログと言っても何を書いたら良いかわからないので、とりあえず一回生の頃から振り返っていこうと思います。


初めてラクロス部の体験に行った日、僕が大学生活の4年間でずっとお世話になり続けた2人の先輩と出会いました。

 

1人目は片平くんです。

 

体験に行った日、駅まで迎えに来てくれて、初対面なのにめちゃくちゃ話が盛り上がりました。

 

まだラクロスをしていないのに、こんな面白い先輩がいるならこの部活に入りたいなと思わせてくれました。


2人目は紫音くんです。

 

体験に行った日の最初のパスキャの相手をしてくれた時、とにかくめちゃくちゃ褒めてくれました。

 

優しさに溢れる先輩で、初めて会ったのに初めてじゃないような感じがするほど接しやすい先輩でした。


この2人には本当にずっと面倒を見てもらっていて、2人がいなかったら間違いなく部活を続けることはできませんでした。

 

本当に感謝してもしきれません。


そして、この日もう1人4年間お世話になった人に出会います。

 

それが同期の黒ちゃんです。

 

体験に行って驚いたのは、同期が1人しかおらず、それが黒ちゃんでした。

 

6月頃に行ったのですが、既に入部していたのは黒ちゃんしかおらず、夏休み期間に2人でキープ練をしたことをすごく覚えています。


僕は負けず嫌いでしたが、僕以上に黒ちゃんも負けず嫌いだったので、かなり激しく体をぶつけて練習していました。

 

同期は1人しかいないのに、お互いに痛い思いをしていたので、あの頃はちょっと気まずかったね。


でもあの頃の経験があったからこそ、黒ちゃんが他大の誰よりも上手いやつだと思っていたし、本当に味方で良かったと思えるほど頼りにしていました。

 

そして、4年間何回もクロスを編んでくれてありがとう。

 

おかげで、パスがずっと下手だった俺でもかなりましに投げれるようになりました。

 


地獄のようにしんどかった夏休みを終え、そこから少しずつ同期が増えてきて、2回生になる前からfoを始めました。


今でこそfoの練習をするのが大好きですが、当時は全く面白くなく、誰もいないから仕方なくやっていることもありました。


競り合いは本当に弱かったし、反応で勝つようなこともなく、ボールを取り切れずにウィングに頼ってばかりでした。


ウィングに入っていた、ケビンさんや夢来さんたちがGBに参加してくれるまでの時間稼ぎをするので精一杯でした。

 

試合に出させてもらってるのに、チームに貢献できずに先輩たちにすごく申し訳なかったです。


また、この頃から西岡もfoを初めたことで、自分にとってとても良い刺激になりました。

 

僕から上手く教えることはできませんでしたが、持ち前の運動神経の良さですぐに上達していき、かなり焦りを感じました。

 

パワーもスピードもあって、全てにおいて自分より上だと感じていました。


後輩に負けていられない、そんな思いで練習していましたが、3回生になってもなかなか勝てずにいました。


去年はリーグ戦で一勝もすることなく、かなりしんどいシーズンでした。

 

リーグ戦で勝てなかった要因として、自分のfoの弱さが大きく関わっていると痛感していました。


京産との入れ替え戦だけは、何としてでも勝たないと降格してしまうという恐怖と、大好きな先輩たちを勝って引退させてあげられないと思い、これまで以上にfoに向き合えたのがこのタイミングだったと思います。

 

試合には勝ててめちゃくちゃ嬉しかったけど、foの勝率はまだまだ低く、悩むことが多かったです。


ですが、翼と練習をするようになってからは、自分でもとても成長を感じることができました。

 

アフターの時間に翼と2人で練習することが多く、特に4回生になってからは翼から学ぶことが多くありました。


翼に初めてfoを教えた時は、西岡の時と同様に、全く上手く教えることができませんでした。


もっと良い指導者がいれば良かったなとすごく申し訳なさを感じたりもしましたが、翼はいつの間にかどんどん成長していきました。


翼との練習が、自分を1番成長させてくれたのは間違いない。


アフターの時間にずっと飽きずにfoに付き合ってくれたし、むしろ自分から練習しようと誘ってくれたのは本当に嬉しかった。


この時ぐらいからfoがめちゃくちゃ楽しかったし、いつの間にか競り合いもコツを掴めるようになってきた。

 

翼には本当に感謝しかない。


一緒にfoをしてくれてありがとう。


翼だけじゃなくて、foをする度に笛を吹いてくれたスタッフさんにもいつもめちゃくちゃ感謝しています。

 

アフターに残ってもらうのに授業をとんでくれたり、みんなめっちゃ協力してくれて本当にありがとう。


みんなのおかげで、今年は少しはfoでチームに貢献できたと思います。

 


振り返って書いていたら、自分の大好きなfoに関する話ばかりになってしまいましたね。

 

引退した今でも、自分にとって本当に楽しい練習で、いつも練習時間が足りないぐらいでした。

 

練習に携わっていただいた全ての人に感謝しています。


今年はリーグ戦に限らず、練習試合も含めて今までにないほど勝てたシーズンになったと思います。

 

最終的には念願の一部昇格を果たし、後悔することなく引退することができて本当に良かったです。

 

先輩や後輩、コーチに同期と多くの人に支えられて最後まで続けることができました。

 

本当にありがとうございました。


まとまりの無い文章となってしまいましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

#21 永井希翼『教職ラクロッサー』

 

平素より多大なるご支援、ご声援を頂き誠にありがとうございます。


DFサブリーダー・4回生の永井希翼です。

 

 

 

1回生

ラクロスを知ったのは1回生の夏頃で、同じ授業を取っていたキャプテンの黒川航輝から体験会に誘われた時から。


元々硬式野球をしていて、準硬式に1回だけ体験に行ったりサークルで楽しく野球したりしたけど、コロナが流行っていてサークルは月に1回活動があるか無いかくらい暇。

 

もし体験会誘われてなかったら全然違う大学生活送ってたと思う。


全く知識0の中で体験会3回行って、ポートラクロスが楽しくて、同期が既に何人か居るってことで入部を決めた。

 

親にラクロスするって言った時はびっくりされた事はすごい記憶に残ってる。

 

けど自分で決めたことは頑張れって応援してくれて嬉しかった。

 

 

2回生
左のロングはかっこいいぞって先輩に言われたことに触発されて、ポジションをロングDFに決めた。

 

初めて試合に出たり、先輩に技術的な事を教えてもらったり、色々な経験を積めた1年だった。

 

でも中々試合に勝てることは少なく、1部昇格っていうチーム全体の目標はあったけど、現実はとても厳しいなと感じた。

 

一方、秋頃から教職の方にも興味を持ち出し、中学保健体育の教員になることを目指した。

 

子どもの頃から教員になりたいとは思っていなかったけど、アルバイトで塾講師をしてて子どもに勉強を教える事に達成感を感じたり、中学・高校生活が楽しかったから教職課程を受けて教員免許を取ろうと決意した。

 

ラクロス部に教職を目指す先輩がいなかったから少し不安な所もあったが、上手いこと両立して頑張ろうってなった。

 

別の話になるけど、ちっちゃい頃からのあだ名の「きーくん」がいつからラクロス部に広まったのかなって疑問に思う笑


多分心英が最初にそう呼んでて、それが広まったのは覚えてるけど、どうやって知ったのかは覚えてない。

 

4回生になって、了承の上、きーくんって呼ぶ人が増えた。

(特にDF陣後輩、コーチのこうだいさんも笑)

 

自分的にはきすけさんよりもきーくんの方が親しい感じがしたから嬉しかったです、ありがとう。

 

 

3回生
この年の新体制で幹部・しかもDFリーダーになった。

 

DFの先輩がキャプテンの岳也さんしか居なくて消去法で仕方ない部分があったからやるしかないと思っていたが、幹部としてちゃんとできるか正直すごい不安だった。

 

教職も本格的に忙しくなってきていた。

 

授業数も1限取ったり実習で練習参加出来なかったり、オフの日も授業を取っていたから毎日大学に通っていた。

 

夜も教職単位の5、6限があったから帰るのが遅かった。

 

あとほんまにしんどかったのは関西ラクロス連盟の広報運営。

 

執行部+広報委員会副委員長を担って、広報委員会まとめたり、リーグパンフレット関連、ライブ配信、試合レポートとインタビュー記事のアップ、毎回のミーティング、どんだけやらなあかんことあるねんって思うほど多かった。

 

もう来年は執行部やらんとこって思った笑


3回生の時点で、気持ち的にラクロスより教職の方が熱意はあったかなと思う。

 

ラクロスのリーグ戦、結果は2部リーグ最下位、1部昇格には程遠かった。

 

最後の入れ替え戦でサドンデス勝利出来たのは本当に良かった。

 

3部に落ちてたらラクロス辞めて教職1本に絞ってたかもしれなかったから、次の年で最後勝負できるチャンスがあり、両立を辞めないよう踏み止まれた。

 

でも、最後の年も何回か辞めるかどうか悩むことがいっぱいあった。

 

 

4回生 
今回はDFリーダーじゃなくてDF「サブ」リーダーになった。

 

心英がDFリーダーになったから立場としてはサポートする役割だけど、最終的に2人でDF陣をまとめる形で進めれた。

 

あと、SNS係をまとめることにもなった。

 

2023年度のSNSはとても良い投稿内容で、画像・動画・ストーリーどれもメンバー(あやかちゃん、まりんちゃん、まほちゃん、おぐし)が頑張ってくれたからこそだと思う。

 

入れ替え戦直後はフォロワー1000人超えて、自分は指示するだけで、実際に何やったか言われたらほぼ何もやってないけど、一緒に頑張ってくれてありがとう。

 

教職もいよいよ最終、教育実習と教員採用試験が待ち構えていた。

 

教育実習は中学の母校に行って3週間楽しく学び、最終日に寄せ書きされた似顔絵付きの色紙を貰ってめっちゃ嬉しかった。

 

よりいっそう教育に関わる仕事に就きたいって思えるようになれた。

 

大変なのは試験の方だった。

 

3回生のときから勉強を始めて、練習していない時は参考書なり問題集なり大学受験くらい勉強した。

 

1次試験は通れたものの、2次試験との合算で点数が足りず落ちてしまった。

 

学校教員にはなれなかったけど、バイト先の塾の会社から面接どうですかと声がかかり、ご縁があってそのまま就職することになり、教育に携わる仕事に就くことができた。

 

まずはそこでしっかり頑張ろうと思う。

 

そして最後のリーグ戦が始まる、、、前に1ヶ月くらい休部していた。

 

理由は色々あるが、みんなからしたら急に休部するってなってびっくりしたと思う。

 

ほんとうに恥ずかしい話だけど、どうしようもなかった。

 

リーグ戦直前に迷惑かけてすみませんでした。

 

そして復帰した時にいつも通り接してくれてありがとう。

 

リーグ戦のほとんどはやらかしてばっかだったと思う。

 

ホット飛べてなかったり、マークマン普通に離してたり、パスミスしてそのまま失点したり散々だった。

 

相手チームからもらったスカウティングも良いこと全然書いてない。

 

試合を重ねる度に、正直守るのが怖かった。

 

自分のせいで負けるんじゃないかって、復帰して正解だったのかなって思うときもあった。

 

でも阪大戦が終わってから、見に来てくれた先輩に「DF見てて安心した」とか「守り方良くなってる」とか言ってもらって、久しぶりに褒めて貰えたからすごく嬉しかった。

 

現役最後の試合でもある入れ替え戦、自分がやらかさないか心配と不安もあったけど、今までのリーグ戦と違うのは、「勝ちたい」って思いの方が強かった。

 

試合が始まり、前半は同点でギリギリだったけど後半はイケイケムードだった。

 

4Qの途中で点差がかなり離れたタイミングで、駿輔がおもいっきり泣き出してた。

 

泣くの早すぎ笑

 

試合が終わるまで気が抜けなかったけど、ちょっとずつ1部昇格へのカウントダウンが進んでてた。

 

それが0になった瞬間はずっと忘れない。

 

今までの辛かったこと、大変だったこと全部報われた。

 

ここまでラクロスを続けて良かった。

 

嬉しいという感情と共にそう思った。

 

1回生からの出来事と感想を長々と話してきました。

 

文が拙かったらすみません。


最後に、同期として一緒にラクロス生活を過ごしてきた4回生

 

先輩として頼りなかったと思うけど最後まで戦ってくれた2・3回生

 

練習中も練習外でも多方面でサポートしてくれたスタッフ陣

 

ご指導して頂いたコーチの方々

 

リーグ戦全て応援してくれた1回生

 

野球部時代も含めて全面的に支えてくれた両親

 

本当に今までありがとうございました。

 

 

来年度からは社会人として新天地で頑張ります。

#17 土井隆司『引退ブログ』

 

まず初めに、今シーズン大阪経済大学ラクロスに指導や応援を通じて関わってくださった
コーチの方々、OBOG並びに保護者の皆様、この場を借りてお礼申し上げます。

 

本当にありがとうございました。

 

遂に僕にも引退ブログを書くときが来てしまいました。


振り返ってみればあっという間に過ぎた4年間だったけど、思い返してみると色々ありました。

 

時系列順にブログを書いていこうと思います。

 

1回生


コロナウイルスの影響で始まった学生生活


オンライン授業がメインで学校へあまりいけない日々が続いていた。

 

そんな日々に退屈し、
何か面白いサークルとかないかなって思ってSNSを見ていると、たまたまラクロス部を見つけた。

 

なんやかんやあり、体験会に行ってみると、ラクロスが面白かったので入部することにしました。

 

まさか大学生になっても部活動に入るとは入学時には思いもしなかった。

 

ラクロスという聞いたこともやったこともないスポーツをするのは新鮮で面白かったのと、優しくて面白い先輩方・同級生がいるので、グラウンドへ行くのが楽しみだった。


2回生 

 

新チームになって上回生と練習に混ざるようになって練習をする中で、先輩に怒られることや、多くのミスをして落ち込んだりして、1回生の時より練習に行くモチベーションが下がった。

 

4月の終わりにもうラクロスを辞めようと思ってグループラインにメッセージを送った。

 

そしたら、次の日同期のみんなが家に来てくれて「一緒に頑張ろう」と言ってくれてラクロス部を続けることにしたのを覚えている。


今思い返すと確かヒロトは入部して3日くらいだったので、あんまり知らん奴の退部を引き留めるというなんとも言えない心情だったことが想像できる。

 

 

3回生


ゴーリーからショートスティック(AT)にポジションを変更した。

 

理由は同じポジションに同期の西川裕也という絶対的守護神がいることと、フィールドを走り回ってシュートを決めたいと思ったからだ。

 

時は過ぎ、リーグ戦も終了し、チームは入れ替え戦に進むこととなった。


その日、目の前で繰り広げられる試合を自分はベンチから見守っていた。


激闘の末、チームは勝利し2部残留。

 

先輩達は最高の置き土産をチームに残してくれました。


嬉しさと同時に、来年こそはフィールドで勝利を味わいたいという気持ちになった。


そこから試合に出場・活躍できるように今までより練習に励んだ。

 

江口橋での池ポチャや豊里の草むらには多くのボールが眠っているはずです。

 

見つけた人は使ってください。


2月、鹿島オープン、練習してきたことが得点という形に表れた。

 

ショートになってから初めての得点であったこともあり、嬉しかったのを覚えている。

 

4回生


いよいよ最後のリーグ戦。

 

チームは1部昇格を目標に「BRAVE」をスローガンのもと、リーグ戦に臨んだ。

 

リーグ戦を勝ち進み、1部校との入れ替え戦へ駒を進めることになった。


11月11日入れ替え戦


この試合は4年間ラクロスの試合で一番思い出に残る試合となった。


終了のホイッスルが鳴り、一部昇格が決まった瞬間

 

大きな歓声に包まれながらみんなで喜んだ時、

航輝を胴上げした時、


4年間みんなとラクロスをやってきてよかったと心から思った。

 


振り返ると最高の4年間だった。

 

もちろん引退した今、後悔してることはないと言ったら嘘になる。


そこそこある。


もうちょいラクロスのこと好きになって、動画見る数を増やせば良かったこととか、就活や暑いことを言い訳にせず壁当てに行けば良かったこととか。

 

でもこのみんなと過ごした4年間は、間違いなくこれからの思い出になると思います。

 

両親へ


大学進学で一人暮らしを始めたあたりから、ひしひしと親の偉大さを感じるようになりました。

 

家に帰ったらご飯があって、着ていた服が洗われている。

 

改めて今までありがとうと言いたいです。

 

大学生の時もお米を送ってくれたり仕送りをしてくれたりと、とても助かりました。

 

社会人になったら何かしら恩返しをするので、まずは初任給で食べたいご飯でも考えていてください。

 

選手・マネージャーへ

 

とにかく楽しんでラクロスをしてください。


朝早いけど眠い目をこすってグラウンドへ行ってください。


気付けばそれがいい思い出になっているはずです。


これからは大阪経済大学男子ラクロス部OBとして応援するのでこれからも頑張ってください。

 

また応援に行きます。


長くなりましたが、これにて引退ブログを終了させていただきます。


ありがとうございました。

 


土井隆司

#7 丹下大輔『引退への想い』

 

大阪経済大学男子ラクロス部のご支援、ご声援頂き誠にありがとうございました。


ラクロス部の引退にあたり、思いを綴っていきます。


よろしくお願いします。

 


ラクロス部に入部し、あっという間に4年が過ぎました。


入部したきっかけはこーたつに体験会に誘われて、雰囲気も良くて、なんとなく楽しかったからだったと思います。


大学に入学してからすぐの頃、コロナが流行し、学校に通うことも出来なかったので、何かすることは無いのかと考えていた頃に、こーたつからラクロス部の体験会に参加しないかと誘いを受けました。


体験会に参加した後、練習に参加してみて、すぐに入部を決めました。


入部しようと思ったきっかけは、良い暇つぶしになりそうだといった単純な理由でした。


僕が入部を決めたのは10月頃でした。


入部してすぐにオフシーズンに入り、部活動停止など色々あったので、一回生の頃についてはあまり書くことがないです。


こーたつのツイートで部活停止になったのはよく覚えています。


あっという間に2回生になりました。


2回生なってからやっと、規制が緩和されて部活が活発的になりました。


2回生のオフシーズン明けの2月頃、お腹にボールが当たって怪我をし、1週間入院し、1ヶ月ほど運動を控えることになりました。


退院して練習には復帰出来ましたが、自分がいなくてもディフェンスの形は出来ていたので、すぐに試合に出たりすることもなく、そのままずるずると時間が経っていきました。

 

この時からモチベーションはどんどん落ちていっていたと思います。


3回生、4回生になってもリーグ戦にはあまり出る時間はありませんでした。


正直、何回も辞めようと思ったことはありましたが、最後までやり切ることによって何か得られるものがあるかもしれないと信じ、最後まで頑張ろうと思いました。


最後の方は何かと、1番練習頑張ってたと思います。


最後の入れ替え戦立命館大学に勝利し、1部に昇格出来たので、非常によい終わり方を迎えられました。

 

しかし、自分がチームに貢献出来たことなんて無いのでちょっと複雑ですが、チームメイトが勝利を掴んだ時は心の底から嬉しかったです。


チームが良い形で引退出来たのは本当に良かったです。

 


最後に、


コーチの方々、先輩方、大変お世話になりました。


最後まで見捨てずに寄り添って頂きありがとうございました。


後輩にも本当に支えられていました。


スタッフさんには迷惑ばかりかけていました。


本当にすみませんでした。


みんななら、来年はもっと強いチームになれると思います。


応援しています。


4年間、ありがとうございました。